インタビュー


予防接種、それだけで足りてますか?
ー旅行医学会認定医に聞く、感染症対策の重要性ー

出張や旅行、留学などで海外に長期滞在する方は、大人でもトラベルワクチンとよばれる渡航前予防接種が必要な場合があります。子どもの頃に定期予防接種を全部受けている人でも、行き先や滞在期間によっては追加接種が必要になることも。でも、どんな予防接種を受けて行くべきなのかという情報には日常あまり接することがないですよね。そこで、今回はトラベルワクチンを扱っている同善会クリニックを取材し、日本旅行医学会認定医でもある院長の増田先生に、「どんな人が予防接種を受けているの?」「トラベルワクチンを打ってくれるクリニックって、どうやって探すの?」などの疑問にお答えいただきました。

◾︎トラベルワクチン、会社の指示に従っていれば大丈夫……?

― 同善会クリニックには、どんな旅行者が来ていますか?

基本的には東南アジアや南アジアなどへの短期・中期の旅行者や、そのような地域へ赴任する会社員が多いのですが、いろいろな人がいらっしゃいますよ。
社員をインドへ出張させたいので必要な予防接種をと依頼され、ある会社から短期間にまとめて10人以上お越しいただいたこともありますし、これから世界一周旅行に出るので、それに備えて狂犬病やA型肝炎のワクチンを打っていきたいというシニアのご夫婦などもおられました。
また、東北から来た若いバックパッカーが飛行機の乗り換えの途中で立ち寄ってくれたこともあります。このあと乗り換えの飛行機に乗って出発するので、その前に腸チフスのワクチンを打っていきたいと。

― 東北からわざわざ、台東区の病院へ!

よく当院を見つけて来てくれたなと思いましたよ。
でもその若者で心配だったのは、東南アジアの国々を一人で周遊してくると言っていたはずなんですが、狂犬病と日本脳炎のワクチンを全く打っていなかったんですね。東南アジアをバックパックで、しかも単独で周るのであれば、本当はそれらのワクチンもちゃんと接種して行ってほしかったのですが、もう時間もないのでとりあえず腸チフスワクチンだけ接種して送り出しました。

― 必要なトラベルワクチンが漏れている、というのは結構あることなのですか?

会社から指示されたワクチンを打ってもらえるか、という問い合わせが多いのですが、行き先や滞在期間などを詳しく訊いてみると、会社で指示されたものだけでは不十分であることがほとんどです。たとえば、インドに渡航する予定なのにA型肝炎と破傷風のワクチン接種だけの指示しかなく、狂犬病や腸チフスなどが漏れていたり、日本脳炎が漏れていたり、といった感じですね。日本脳炎などは、渡航前の接種を指示する会社はほとんどないですね。

― どうして、漏れてしまうんでしょうか。

旅行・渡航医学的な知識が不十分なのでしょうかね。重要性の認識に温度差があるのかもしれません。あるいは、費用を会社が負担する場合には予算的な要素も大きいのかもしれません。トラベルワクチンの接種は自由診療になりますので、複数のワクチンを接種するとかなりの金額になりますからね。

― 先生の方から、必要なワクチンを教えてくれることもあるんですか?

渡航先で健康トラブルを起こしてほしくはないので、当院へワクチン接種の問い合わせがきた際には、電話の段階でいろいろな項目を根ほり葉ほり、おうかがいします。年齢、出発時期、滞在期間、行き先が都市部なのか辺地なのか、などなど。そうすると、だいたいどんなワクチンが必要かというイメージができてくるので、たとえばインドに1ヶ月も滞在するんだったら、会社から指示されたものだけでは足りていないねと。そういう時は折り返しの電話をして、「これだけではリスクが高いと思うので、狂犬病と腸チフスを追加で接種して行った方がいいですよ」とか、「麻疹・風疹・水痘・おたふく風邪の免疫が十分かどうか、抗体検査をしておきませんか?」とか、いろんな提案をしてみます。そうすると、大概の人にはご理解いただけて「じゃあ、やります」と言ってくださる方が多いです。

予防接種は定期・任意・渡航前などと、とても複雑なので、専用のメモを使って患者さんにヒアリングをするそう。

予算やスケジュールも含めて専門家に相談を!

― 重要だとは思わず、必要なトラベルワクチンを打たずに渡航していってしまう方もいますよね?

残念ながらそういう人は多いと思います。でも、実際に感染症にかかってしまった時に払う代償は非常に大きいものです。命の危険もありうるし、もし保険に入っていなければ、必要な医療を受けるのに莫大な費用がかかってしまいます。日本へ向けて医療搬送しないといけなくなったりすると、もう大変なことになってしまいますね。事前にワクチンを接種したり、予防薬を準備したりなどで予防できるものは確実に予防しておいた方が賢明だと思います。
海外赴任や長期出張の方だけでなく、海外旅行の方でも、少なくとも自分が行こうとする国の感染症の状況は十分調べた方がいいですね。それもできるだけ前もって調べた方がいいと思います。

― 前もって、というと、どのぐらい?

理想を言えば、できれば半年くらい前には準備を始めてほしいですね。なかなか難しいことなのかもしれませんが、必要なワクチンを漏れなく接種して行くためには、それくらい時間的余裕をもって準備してほしい。だけど、なかには次の学年の冬に留学する予定という高校生で、1年半以上前から相談に来て渡航前ワクチンを打ち始めてる子もいますよ。原則早ければ早いほどよいと思います。渡航する国が決まればおおむね必要なワクチンも決まってくるのですが、厚生労働省検疫所のサイト(FORTH)でもナビゲートしてくれますし、つばめナビさんのサイトでは各国の国名を入れると、その地域で対策の必要な感染症が分かるようになっていて便利ですね。そういうものをうまく活用して下調べするといいですね。そのうえで疑問点や不明点があれば、トラベルクリニックに問い合わせしたり、受診したりして是非相談してほしいと思います。

― トラベルクリニックでは「行く先は決まったけれど、何をしたらいいのか」というところから相談に乗ってくれるのですか?

トラベルクリニックなら相談に乗ってくれると思いますし、トラベルクリニックは海外渡航予定者からのそういう相談は積極的に受けるべきとも思います。当院でも問い合わせをいただいた際には真摯にお答えするようにしています。「予算があまりないんだけれど、どれとどれのワクチンを打って行ったらいいか」とか、「出発まで期間がないんだけれど、どういうスケジュールでワクチンを打てばよいか」とか、その他些細なことでもかまわないので、渡航先でトラブることがないよう、ぜひ相談しに来てほしいです。

― トラベルクリニックはどのように探したらいいのでしょうか?

ホームページを見ればトラベルワクチンのことを詳しく書いてある医療機関もありますし、日本旅行医学会または日本渡航医学会のホームページには、トラベルワクチンを扱っている医療機関のリストが掲載されていて、誰が見てもわかるようになっていますよ。

◾︎知ってほしい。海外には日本にはない病気があることも。

― これから、海外へ渡航される方へのアドバイスやメッセージがありましたら、教えてください。

繰り返しになりますが、やはり渡航が決まったら人任せにせず、ご自身で行き先の感染症の情報については最低限、調べておいた方がいいと思います。そのうえで疑問点があれば、どういうワクチンを接種しておくべきなのかということも含めて、早めにトラベルクリニックへ相談してみていただきたいですね。
それからもう一つ、海外へ行く人に知っておいてほしいことは、大事なのはトラベルワクチンだけではないということです。

― トラベルワクチンだけではない?

ワクチンでは予防できない重大な感染症もあって、その中でも特にマラリアという病気が重要です。しかも、マラリアには予防薬というものがあるので、その知識が必要です。マラリアは日本国内で感染することが今のところないので、こういう命に関わる重大な病気があるということを知らない若い人たちも多いと思うんですね。それは日本で生活している限りしかたないとは思いますが、流行地域へ渡航する人においては「知らなかった」ではすまされない病気です。もしマラリア流行地域に渡航するのであれば、感染の可能性があることをしっかり認識しておくべきですし、医療従事者としては、たとえば他の症状で受診された方であっても、そういう地域へ行くということがわかったら、「マラリアの予防は大丈夫ですか?」という話はしてあげなければならないと思っています。
その他では高山病の予防ですね。南米などの高地に旅行に行って、命からがら帰ってきたという話をよく聞きますが、高山病には有効な予防薬があって、渡航前に準備していくことができるんですよ。高山病という病気も一般の人には十分知られていないはずですので、分かりやすい資料を準備してお渡ししたり、持参しておくと役立ちそうな薬をいくつか紹介したりして、出発前になるべく必要な準備ができるようにアドバイスします。

― そんなアドバイスまでしてくれるんですね。

一般の外来診察もあるので、時間的な制約からすべてを網羅しきれないところはあるんですが、たとえば渡航前の予防接種で2〜3回来院される場合には、今回は防蚊対策の話、次回はマラリア予防薬の処方や服用方法の指導、その次は動物に咬まれたときの対処の話、といった感じで、伝えておきたい話を何回かに分けてお伝えしたりします。私も必要と思うことはしっかり話しておかないと気がすまない方なので、どうしても一人一人に時間がかかってしまうのですが、それでも「トラベルワクチンを打ってほしい」という限定した要望に応えるだけでなく、渡航先での健康については、トータルで提案やアドバイスをしたいと思っています。
トラベルクリニックではなくても、旅行医学に関心を持っている医師であれば、個々の患者さんの生活に即して多角的な視点からアドバイスしてくれると思いますよ。お住まいの近くでそういう先生がおられたら、早めに行って相談してみてください。

◾︎お話を伺った先生

同善会クリニック
院長/総合診療医
増田 浩三 氏

岡山大学医学部卒業。亀田総合病院にて初期研修後、同院血液・腫瘍内科にて後期研修。岡山大学医学部附属病院 第二内科・輸血部・総合診療内科、名古屋大学医学部附属病院 総合診療部助教、医療法人社団プラタナス 用賀アーバンクリニック副院長を経て、2017年6月より現職。

専門分野
総合診療、血液内科、アレルギー科、漢方医学、旅行・渡航医学
資格
日本内科学会認定総合内科専門医、日本血液学会認定血液専門医、
日本プライマリ・ケア連合学会認定医、日本旅行医学会認定医、
日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医、日本医師会認定産業医

同善会クリニック ホームページ https://clinic.dozen-hp.com/