インタビュー


ちょっとした気の緩みで3億円事件発生?!
海外渡航前に絶対やっておきたい2つのこと

もしも海外で病気になったら、と考えたことはありますか。

軽い風邪や下痢程度なら治るかもしれません。けれどももし重症化して入院することになったら、簡単には帰国できません。病身をおして帰国するならば、医師や看護師が付き添う「国際医療搬送」が必要になります。

今回は国際医療搬送の専門家であるインターナショナルヘルスケアクリニックの鷲尾美香院長に、海外で思いがけず病気や怪我をするとどうなるのか、治療を終えられずに帰国する場合どんな現実に直面するのか、そんな大変な思いをせずに済むように私たちは何をすべきなのかをお聞きしました。

■自分は大丈夫、ちょっとぐらい平気と思っている人ほど危ない

― 先生が国際医療搬送に関わられるようになったきっかけを教えてください。

医師として働き始めた後、カナダ・オランダで留学・就労の機会がありました。カナダから帰国後に海外経験を活かせる仕事を探していたところ、国際医療搬送という分野を偶然知ったのがきっかけです。

自分自身もその時に初めて国際医療搬送というものを知りましたし、実際に関わり始めてからも、ほとんどの病院で「何それ?」といった反応で、医療現場でも全く知られていませんでした。

勤務医をしながら医療搬送を必要とする患者さんに付き添ってきましたが、国際医療搬送を専門に扱う医療機関が必要だと感じるようになり、2017年にインターナショナルヘルスケアクリニックを開業しました。

― 国際医療搬送をしている専門機関は少ないのですか?

日本では医療機関としては、私の知る限り当院を含めて2箇所だけです。NPOなどの団体も医療搬送をしていますが、人工呼吸器を使うなどの医療行為はできません。

海外から帰国する日本人の場合、保険に入っていれば、保険会社が外国人で構成される海外の搬送チームを手配してくれることが多いです。 本来なら安静にして治療に専念していてほしい重症の患者さんを、国境を超えて搬送することは医師にとっても大きなリスクを伴います。支援を必要としている患者さんはいても、なかなか専門に取り組む機関はないんですね。それで、ここを開院したという次第です。

― 医療現場でもあまり知られていないということは、かなり特殊なケースだということでしょうか?

日本ではあまり知られていませんが、国土の大きいアメリカやカナダなどでは、国内移動でも航空機による医療搬送が行われるのでメジャーですし、ヨーロッパも国は小さいですけど地続きなので発達しています。

ヨーロッパ系航空会社などは独自にコマーシャルフライトの機体の中に医療搬送用の部屋を組み立てているぐらいです。日本は島国ですし、国土も狭いためにあまり認知されていなかったのだと思いますが、海外で病気や怪我をされて、日本に帰国するという例は決して珍しくありません。

― たとえば、どんな人が医療搬送になるのでしょうか?

今まで関わったなかで多かったのは、40〜60代ぐらいの男性です。

そろそろ持病がで始めているものの、体力があるので油断しやすい世代ですよね。高血圧を持っていたり糖尿病だったりしてお薬を飲んでいても、少しぐらい大丈夫だろうと思ってしまうんですね。海外で食事の内容が変わったり、気が大きくなって飲み放題食べ放題になることで持病が悪化するケースもありますし、また、なんらかの感染症にかかって下痢嘔吐などで食事が食べられず、薬を飲まないでいたら糖尿病が悪化してしまったという例もあります。

糖尿病の患者さんはSick day(シックディ)といって、体調不良の際には特に気をつけなければいけないのですが、高血糖になって入院というケースは結構、多いですよ。

■飛行機にベッドをつくり、移動すると……

― 現地で治療が終わらず、日本に帰ってくるというのはどのような事情があるのですか。

言葉の壁があって治療が難しいケースもありますし、現地の医療レベルが母国より低い場合もあります。

また、長期療養になってしまうケースやビザが切れてしまうなどのケース、そのほか、現地での医療費が高額になる場合もあります。日本ならば保険がききますが、海外では自由診療ですし、外国人価格で請求が来ることも多いです。1日に必要な費用が300〜500万円というところもあり、そうなったら、早く帰ってきて日本で保険診療をした方がいいですよね。

― 治療費に何百万ですか。

日本と違って、治療費に加えて、ドクターフィー、部屋代と別々に請求がきます。仮に、アメリカで糖尿病の人が脳梗塞で倒れてICUに入って、透析もまわしたとすると、その入院費だけでも億近くいきます。

そうなると、ケースにもよりますが搬送費が400〜600万円したとしても、早く帰ってきて日本で保険診療を受けた方がいいですよね。そういう時はリスクはありますが、ICUからICUへ人工呼吸器をつけたまま飛行機に乗って帰ってきます。

― いずれにしても、一般の人にはとても払いきれない金額ですね。

日本以上に、海外では「医療はビジネス」という志向がつよいです。言葉がわからないからと安易に書類にサインしてしまうと、必要のない治療をされる場合もあります。

駐在員の外来での治療費に3億円かかったという事例があり、確認してみると、やはりプロトコール通りの診療ではなかったんですね。でも、ちゃんと説明もして本人がサインしたと言われてしまえば、そこで話は終わりです。

― では、帰国してくる場合、実際にはどのようにして搬送されるのですか?

医療搬送をすることになったら、まず患者さんの状態を確認した上で、航空機の手配と病院との日程調整を進めていきます。ほかにも機内に持ち込む医療機器の手配など、すべて同時進行で進めますが、計画してから飛べるまでに数日から1週間程度かかります。途中で病状が変わることもありますから、常に患者さんの状態を確認しながらの準備です。

移動手段はプライベートジェットかコマーシャルフライトになります。コマーシャルフライトの場合は、一般の乗客の方も搭乗しますので、航空会社にMEDIFという搭乗のための診断書のようなものを提出し航空会社が搭乗の可否を判断します。

座席は患者さんの状態に応じて、ストレッチャー(エコノミークラスの座席を数席使用し、ベットを組み立てる)かのどちらかですね。プライベートジェットの場合は基本的に医療用航空機がある会社へのオーダーになります。現地や日本での国内移動には、救急車や新幹線を使います。

― これは大変ですね。

健康な身体でも飛行機での移動は疲れますよね。病気や怪我をしている身体での国際移動は、ご本人やご家族が思っている以上にしんどいものです。

搬送を計画する前に、ご本人やご家族には必ず、搬送する場合のメリット・デメリット両面をご説明します。現地で治療を継続する選択肢もあるので、帰国するかどうかを改めて考えていただきます。

■国際医療搬送されないためにも事前にこれだけはやっておいて!

― 医療搬送にならないために、海外へ行く前にやっておいた方がいいことはありますか?

旅行保険に入りましょう。それから、予防接種ですね。

保険でカバーできる範囲かどうかで、治療費や搬送費は大きく変わります。有責であれば保険会社が搬送の手配までしてくれることもありますが、高齢の方や持病のある方は制限があったり、駐在員の方など滞在が長期になると上限があるので、なかなか入れなかったりすることもあります。

また、持病のある方は最低限、現地で必要な予防接種は打っていった方がいいですね。当院には外来もあり、トラベルワクチンも用意しています。感染症にかかるとどれだけ大変かということは、外来の患者さんにもよくお話ししています。

― 初めてトラベルワクチンを打つ人へのアドバイスがあれば、お聞かせください。

免疫がつくまでに1回で終わらないものも多いので、駐在員の方など、現地で追加接種をすることがあります。その場合は、海外でも一般的に使われているワクチンの方が、利便性は高いかもしれませんね。

また、当院で受けていただく分にはきちんとしたメーカーのものを使っているので安心ですが、現地で予防接種を受ける際には特に、最近海外で出回っている偽物への注意が必要です。日本人は医者任せになりがちですが、きちんと本物かどうか確認してもらった方がいいですよ。

また、これも外来でお話するのですが、現地での生活管理も大事です。きちんと管理していれば、予防できますから。健康に帰国できるよう、ぜひ体調管理も心がけていただきたいですね。

■日本人を日本人の医療チームがお迎えに行けるように

― これから国際化が進むと、医療搬送も増えてきそうですね。

最近は海外で病気や怪我をして日本に帰国するパターンのほか、日本を訪れている外国人の方が国際医療搬送を必要とされるパターンも増えてきています。

現在でも統計上年間で推計3000人が医療搬送を検討するケースであると言われていますが、今後、訪日外国人が増えていけば、さらに増えていくでしょう。

― 国際医療搬送の第一人者として、今後の展望があればお聞かせいただけますか?

やはり、日本人の医療搬送チームは必要だと思います。 海外で病気や怪我をされた日本人が帰国するケース、日本で病気や怪我をされた外国人の方が帰国するケース、どちらも関わっていますが、同じ国の人から受ける安心感は大きいと感じています。
日本人の方はやはり日本語で準備できるとホッとされますね。治療が終わった後も覚えていてくださって、挨拶にきてくれた方もいました。逆に、日本から送り出す方はどれだけ一生懸命尽くしても、母国の救急隊員の方にはかないません。

また、海外の搬送チームは搬送後のことまでは気にしていません。受け入れ側である日本が体制を整えていかないと、日本になかった感染症が持ち込まれる可能性もあります。

日本をプロテクトする意味でも、国際医療搬送の発展が望まれますね。そのためにも、国際医療搬送について国内でももっと多くの人に知ってほしいと思っています。

■お話を伺った先生

インターナショナルヘルスケアクリニック
院長/内科医
鷲尾 美香 氏

兵庫医科大学医学部卒業。大阪医科大学第一内科での研修後、同医局循環器グループの研究生として在籍。カナダやオランダの医療現場を経験し、帰国。2012年より勤務医をしながら、国際医療搬送に携わるようになる。エスコートドクターとしての経験を積むなかで、国際医療搬送を専門に扱う機関の必要性を感じ、2017年にインターナショナルヘルスクリニックを開業。経験豊富な看護師やスタッフとともに専門家として国際医療搬送を手がけると同時に、国際医療搬送に関する認知向上活動にも取り組む。

専門分野
内科
資格
日本旅行医学会認定医、日本渡航医学会会員、日本内科学会会員、産業医、
ACLSプロバイダー、日本旅行医学会認定留学安全管理者

インターナショナルヘルスケアクリニックホームページ https://www.ihc-clinic.jp/